福聚講のブログ fukujukoublog

福聚講の福聚は観音経の福聚海無量よりつけました。平成20年から活動しています。

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「弘法大師行状絵詞」十二/十二巻・一/一段(傳青蓮院無品道円新王作)「仙院臨幸」

「弘法大師行状絵詞」十二/十二巻・一/一段(傳青蓮院無品道円新王作)「仙院臨幸」 高野山金剛峯寺は峰八葉に聳へて華蔵を心海に観じ、山両部を兼ねて曼荼羅を石壁に顕はす。大師結界の文に云はく「この東西南北四維上下、あらゆる一切の正法を破る毘奈耶…

「弘法大師行状絵詞」十一/十二巻・四/四段(傳青蓮院無品道円新王作)「博陸参詣」

「弘法大師行状絵詞」十一/十二巻・四/四段(傳青蓮院無品道円新王作)「博陸参詣」 法成寺の禅定太相国、小野の仁海僧正に御対面の次に仰せられけるは、「大師の生身、正しく高野の霊廟におはしますと雖も星霜既に積り、時運衰へ拙くして拝覲の望みを断ち…

「弘法大師行状絵詞」十一/十二巻・三/四段(傳青蓮院無品道円新王作)「大師諡号」

「弘法大師行状絵詞」十一/十二巻・三/四段(傳青蓮院無品道円新王作)「大師諡号」 延喜の比、聖王御夢想の事有るによりて、檜皮色の御装束一襲を高野の廟窟に贈り給ひし時、僧正観賢、勅使を承る。彼の僧正は尊師聖宝の付法、高祖五代の嫡嗣なり。顕密幽…

「弘法大師行状絵詞」十一/十二巻・二/四段(傳青蓮院無品道円新王作)「官位追贈」

「弘法大師行状絵詞」十一/十二巻・二/四段(傳青蓮院無品道円新王作)「官位追贈」 文徳天皇の御宇、天安元年十月十七日、真済僧正、表を奉りて先師の徳功大にして朝賞少なき事を嘆き、所帯の僧正を申し受け大師に贈り給ふべきを旨奏聞ありし時、天皇殊に…

「弘法大師行状絵詞」十一/十二巻・一/四段(傳青蓮院無品道円新王作)「東寺灌頂」

「弘法大師行状絵詞」十一/十二巻・一/四段(傳青蓮院無品道円新王作)「東寺灌頂」 東寺の灌頂院は大師在世の間、未だ造畢せられざれども且々伝統の御志有るに依りて実慧僧都に誂へ付けらる。御入定の後、この大徳、寺務の長者として最前に土木の成風を終…

「弘法大師行状絵詞」十/十二巻・四/四段(傳大炊御門三位入道作)「南山入定」

「弘法大師行状絵詞」十/十二巻・四/四段(傳大炊御門三位入道作)「南山入定」 承和二年三月二十一日寅刻に宴座して秘印を結び恬然として禅定に入り給ふ。其の間御弟子達、弥勒の宝号を唱ふ。只御眼の閉ずるを以て入定の期とす。偏に生身の如し。春秋六十…

「弘法大師行状絵詞」十/十二巻・三/四段(傳大炊御門三位入道作)「真影図画」

「弘法大師行状絵詞」十/十二巻・三/四段(傳大炊御門三位入道作)「真影図画」 大師御入定の期近くなりて御弟子真如親王、末世後生の恋慕の心を休めむが為に御影を写し留め奉らむと思食して、密に描かせ給ひける程に、大師空に知らせ給ひて開眼をば我加ふ…

「弘法大師行状絵詞」十/十二巻・二/四段(傳大炊御門三位入道作)「門人遺誡」

「弘法大師行状絵詞」十/十二巻・二/四段(傳大炊御門三位入道作)「門人遺誡」 承和元年十一月十五日、諸の御弟子に告げての給はく「吾世を去らむと思ふ事、明年三月の中なり。金剛峯寺草創有りと雖も、未だ功半ばに及ばず。しかあるに我入定せんむと擬す…

「弘法大師行状絵詞」十/十二巻・一/四段(傳大炊御門三位入道灯作)「正月修法」

「弘法大師行状絵詞」十/十二巻・一/四段(傳大炊御門三位入道灯作)「正月修法」 深草の御宇承和の始め(834年)に及びて大師勅喚によりて大内中務省に於いて正月七日の秘法を修し給ふ。其の後、表を奉りて永代の規式を奏し申されしかば、勘解由使の庁を…

「弘法大師行状絵詞」九/十二巻・三/三段(傳霊山僧正実厳作)「室生修練」

「弘法大師行状絵詞」九/十二巻・三/三段(傳霊山僧正実厳作)「室生修練」 大和国室生山は日域無双の霊区、帝畿第一の浄場なり。大師殊に御心を留められて密教の恵命を増し衆庶の薄福を助けんが為に青龍の阿闍梨付属し給ふ所の秘本尊をこの峰に労はり籠め…

「弘法大師行状絵詞」九/十二巻・二/三段(傳霊山僧正実厳作)「舎利灌浴」

「弘法大師行状絵詞」九/十二巻・二/三段(傳霊山僧正実厳作)「舎利灌浴」 天長四年(827年)中夏の比、天下炎旱して衆民愁を抱くに依りて皇帝勅ありて畿内・七道・諸国にして奉幣を行はる。又月の朔より三日の間、大極・清涼の両殿に於て百僧を延くつし…

「弘法大師行状絵詞」九/十二巻・一/三段(傳霊山僧正実厳作)「講堂起立」

「弘法大師行状絵詞」九/十二巻・一/三段(傳霊山僧正実厳作)「講堂起立」 天長二年(825年)四月二十日勅に依りて東寺の講堂を建立せらる。勅使は参議左大臣辨直世王。俗検校は参議右大辨伴宿禰国通なり。(「東寶記」「天長二年四月二十日勅使所受如図…

「弘法大師行状絵詞」八/十二巻・四/四段(傳成就院前大僧正杲守作)「神泉祈雨」

「弘法大師行状絵詞」八/十二巻・四/四段(傳成就院前大僧正杲守作)「神泉祈雨」 天長元年(824年)仲春の比、天下大に日照りす。公家勅を下され大師をして雨を祈らしめむとす。爰に守敏大徳、奏し申して云はく、「守敏、真言を學して同じく御願を勤む。…

「弘法大師行状絵詞」八/十二巻・三/四段(傳成就院前大僧正杲守作)「稲荷来影」

「弘法大師行状絵詞」八/十二巻・三/四段(傳成就院前大僧正杲守作)「稲荷来影」 弘仁七年(816年)孟夏の比、大師斗薮の時、紀州田辺の宿にて異相の老翁に逢給へり。其の長八尺許り、骨高く筋太くして内に大権の気を含み外に凡夫の相を現ぜり。和尚を見…

「弘法大師行状絵詞」八/十二巻・二/四段(傳成就院前大僧正杲守作)「八幡鎮座」

「弘法大師行状絵詞」八/十二巻・二/四段(傳成就院前大僧正杲守作)「八幡鎮座」 東寺の鎮守八幡宮は嵯峨の聖代、平城の大乱起こりし時、天皇密かに帝徳の未だしきかと疑はれ、佛力の速やかなる事を崇めさせ給ひしによりて、大師に勅して静謐の謀を訪ひけ…

「弘法大師行状絵詞」八/十二巻・一/四段(傳成就院前大僧正杲守作)「東寺勅給」

「弘法大師行状絵詞」八/十二巻・一/四段(傳成就院前大僧正杲守作)「東寺勅給」 東寺は桓武天皇平安の遷都の初め国家を鎮護せむが為に羅生門の左右に当たりて東西両寺を建てられし時、延暦十五年(798年)藤大納言伊勢人を以て造寺の長官として草創し給…

「弘法大師行状絵詞」七/十二巻・五/五段(傳四辻儀同三司作)「心経講讃」

「弘法大師行状絵詞」七/十二巻・五/五段(傳四辻儀同三司作)「心経講讃」 弘仁九年(818年)の春、天下疾疫の災ひ起こり、国中夭死の者多くして原野、人の屍を厭ひ、閭閻(りょえん。いなか)鬼の住処と成りしかば、皇帝驚き哀れみ給ひて、宸襟安からず…

「弘法大師行状絵詞」七/十二巻・四/五段(傳四辻儀同三司作)「堂塔草創」

「弘法大師行状絵詞」七/十二巻・四/五段(傳四辻儀同三司作)「堂塔草創」 大師居住し給ひて後、上下の寺院堂塔坊舎漸く其の数有り。則ち官に進じ御願の庭と申しなされて金剛峯寺と名け給へり。先ず三間四面の金堂一宇を造り、一丈六尺の阿閦佛、八尺五寸…

「弘法大師行状絵詞」七/十二巻・三/五段(傳四辻儀同三司作)「高野結界」

「弘法大師行状絵詞」七/十二巻・三/五段(傳四辻儀同三司作)「高野結界」 大師官符を賜はらせ給ひて後、伽藍を草創し給はむ為に七日七夜大結界の法を行ひ給ひしに東西南北四維上下七里の内に、永く障りを為す悪鬼神を退け、善心有りて仏法の中に利益ある…

「弘法大師行状絵詞」七/十二巻・二/五段(傳四辻儀同三司作)「明神衛護」

「弘法大師行状絵詞」七/十二巻・二/五段(傳四辻儀同三司作)「明神衛護」 大師南山に居住し給ひし時、頻りに明神の衛護あり。則ち地主山主形を顕はして告げて宣はく「吾が性、山水に馴れて人事に疎し。亦、是れ浮雲の類なり。吾はこれ此の山の主なり。幸…

「弘法大師行状絵詞」七/十二巻・一/五段(傳四辻儀同三司作)「南山表請」

「弘法大師行状絵詞」七/十二巻・一/五段(傳四辻儀同三司作)「南山表請」 大師帰朝の時、海路風波の恐れ在せしによりて、天神地祇の感を仰がれ様々立願有りて誓約転深かりき。しかあれども日月流るる如くして星霜も移り易ければ四運(春夏秋冬)を重ね一…

「弘法大師行状絵詞」六/十二巻・五/五段(傳二条前中納言為重卿作)「濁水手水」

「弘法大師行状絵詞」六/十二巻・五/五段(傳二条前中納言為重卿作)「濁水手水」 和泉国槇尾寺は大師出家の砌なり。常にこの所に留まり宿しましまして修練し給ひけるに、この地、元より水乏しくして住侶これを憂へければ、大師秘かに平地に向かひて神呪を…

「弘法大師行状絵詞」六/十二巻・四/五段(傳二条前中納言為重卿作)「円堂鎮壇」

「弘法大師行状絵詞」六/十二巻・四/五段(傳二条前中納言為重卿作)「円堂鎮壇」 昔大織冠鎌子、奉公の労によりて藤原の姓を賜はり、内大臣に拝任して永く摂籙の臣たり。嫡男左大臣不比等、興福寺を建立して氏寺とせり。其の後年序漸く移り藤氏衰へ廃れて…

「弘法大師行状絵詞」六/十二巻・三/五段(傳二条前中納言為重卿作)「伝教灌頂」

「弘法大師行状絵詞」六/十二巻・三/五段(傳二条前中納言為重卿作)「伝教灌頂」 欽明天皇の御宇仏教初めて我が朝に伝はり、聖徳太子の御時、法門盛りに海内に広まりしより、七宗(華厳・天台・律・三論・成実・法相・倶舎)の行果は人是を學ぶと雖も両部…

「弘法大師行状絵詞」六/十二巻・二/五段(傳二条前中納言為重卿作)「高雄練行」

「弘法大師行状絵詞」六/十二巻・二/五段(傳二条前中納言為重卿作)「高雄練行」 清滝の峯神護寺は称徳天皇の御宇神護景雲年中和気朝臣清麻呂、勅使を承りて宇佐神宮に詣ぜし時、八幡大菩薩神勅ありしによりて建立する所の仁祠なり。息子真綱の大夫、大師…

「弘法大師行状絵詞」六/十二巻・一/五段(傳二条前中納言為重卿作)「東大寺蜂」

「弘法大師行状絵詞」六/十二巻・一/五段(傳二条前中納言為重卿作)「東大寺蜂」 東大寺は聖武天皇御願の精舎、良辨僧正草創の梵閣なり。霊跡旧りて年久しく仏法盛りにして日に新なり。良辨初めて寺の別当に補せしより此の方、良興(良弁の弟子。華厳教学…

「弘法大師行状絵詞」五/十二巻・六/六段(傳後押小路前内大臣作)「清涼宗論」

「弘法大師行状絵詞」五/十二巻・六/六段(傳後押小路前内大臣作)「清涼宗論」 大師帰朝の後仏祖の恩を報じ国家の福を増さむがために秘蔵の教門を開きて性海の真源を顕はさむとし給ひしに、道余宗よりも高く、法、常の習ひに異なる故にや、此の間の英匠、…

「弘法大師行状絵詞」五/十二巻・五/六段(傳後押小路前内大臣作)「大内書額」

「弘法大師行状絵詞」五/十二巻・五/六段(傳後押小路前内大臣作)「大内書額」 柏原天皇の延暦年中(8世紀後半)、長岡の故京を遷して平安の新宮を建てらる。其の後、嵯峨の聖帝登極の初め弘仁元年(810年)に大内の周墩(しゅうかく)殿寮の諸門、華構…

「弘法大師行状絵詞」五/十二巻・四/六段(傳後押小路前内大臣作)「久米講経」

「弘法大師行状絵詞」五/十二巻・四/六段(傳後押小路前内大臣作)「久米講経」 大同二年(807年)仲冬實慧・真済等の龍象を卒して大和国久米の願塔に於て善無畏の疏に附して大日経の文を講じ給ひし時(「大同二年十一月八日大和国久米寺に於いて大日経を…

「弘法大師行状絵詞」五/十二巻・三/六段(傳後押小路前内大臣作)「灑水生樹」

「弘法大師行状絵詞」五/十二巻・三/六段(傳後押小路前内大臣作)「灑水生樹」 大師御入唐の時、鎮西にして海上衛護の為に宇佐八幡宮を始め奉りて有勢の明神に祈誓ありしに、豊前国賀春大明(福岡県田川郡香春町の香春神社(かわらじんじゃ))神託しての…