2025-02-01から1ヶ月間の記事一覧
今日(天長六年二月二十八日)は大極殿において大般若経を転読させた日です。日本紀略に「日本後記三十七、酉巳六年(天長6年、829年)二月戊寅(2月28日)僧百口、沙弥百口を請じて大極殿(朝廷の正殿)に於いて大般若経を奉読せしむ。以て甘雨を祈る也。」…
「不条理に報いるに祈りを以てす」 以前CNNで「神様がいるなら何故コロナが流行るのか?」という視聴者の問いに対して「私たちは天国にいるのではない。地上にいるのです。」と福音派の牧師が答えていました。ロシアがウクライナを侵略虐殺しても西欧諸国は…
高野山往生伝「聖誉上人。之を西谷勝誉房と号す。元仁和寺の住僧也。永く彼の寺を離れ久しくこの寺に住す。不動明王を以て本尊と為す。大法を修し薫修積む。入壇灌頂油鉢傾けず。身漸く暮齢に及び、口に世事を言ず。爰に風疾相侵し天命殆危。仁安二年1167二…
今日(正確には明日)は桂昌院が護国寺に初めて参詣した日です。天和三年二月二十九日(1683)桂昌院が初めて護国寺に参詣されています。護国寺は天和二年二月七日に上野大聖護国寺の亮賢が徳川綱吉より高田薬圓を与えられ桂昌院の祈願寺護国寺の建立を命…
治五年1130、2月28日は西院流大僧正信証が女院御祈祷のため大炊殿において孔雀経法を修し、法験あらたかで御願時即成就した日です。(仁和寺諸院家記)信証は平安末期の真言僧。後三条天皇の孫。仁和寺の寛助より灌頂をうけ廣澤流の奥義を窮め、西院流流祖…
29日は一燈園創始者西田天香師が逝去された日です。昭和43(1968)年2月29日、96歳でした。「出家とその弟子」を書いた倉田百三は手紙で「・・・私は此の頃は、心の歩みのなかに渋滞と障礙とを感じて苦しんでゐます。 進みにくくて困ってゐます。 内に熟す…
勝賢は藤原信西(保元・平治の乱の蔭の主役)の息で、醍醐寺座主・東寺長者・東大寺別当。保延4年、1138から建久7年6月22日、(59歳)遷化。守覚法親王と共に後白河法皇の六条殿に孔雀経法を修す。永仁3年、1295、2月29日宮中二間(天皇の私…
聖無動尊大威怒王秘密陀羅尼経(しょうむどうそん だいゐぬおう ひみつだらにきょう)金剛手菩薩説三蔵般若遮迦羅譯(こんごうしゅぼさつのせつさんぞうはんにゃしゃからの やく)爾時、毘盧遮那大會(びるしゃなだいえ)の中に一人の菩薩摩訶薩あり名ずけて金剛…
今日2月28日は50日分の功徳日です。今日お参りすれば50日分の功徳を戴けます。
核非保有国187国が一斉に核保有宣言をする時が来ています ウクライナの大惨事を世界の国々が切歯扼腕して見ています。この惨状はひとえにウクライナが核を放棄したために起こっています。逆にロシアが核で脅かせば今のアメリカやEUの軟弱極まりない指導者は…
『扶桑略記』(敏達天皇) 七年戊戌春(578)二月。耳聡王子。年纔七歳。燒香し數經論を披見して奏曰「黒月(月の後半)・白月(月の前半)、各八十四五日。是を六齋と為す。此日、梵王帝釋來りて國政を見る。殺生を絶つべし」と。陛下饗應し、勅を天下に…
今日天長五年二月二十七日は大師が「伴按察平章事が陸府に赴くに贈る詩」をお作りになった日です。((日本後記・天長五年二月に)「甲寅,賜鎮東按察使-伴朝臣-國道餞.有御製.賜衣被及雜珍玩物」とあり。)「伴按察平章事が陸府に赴くに贈る詩」夫れ膚寸(雲…
「我が為をなすは我が身の為ならず、人の為こそ我が為とはなれ」ということわざがあります。これこそ俗世の真理です。自分もこの言葉がもっと早く身についていれば余計な苦労をしなくて済んだかもしれません。1、仕事でも自分が助かる方法は人を助けること…
ウクライナで自国は自国で守らねば誰も守ってくれないという国際政治の非情さを改めて思い知らされました。数千年前から仏教はそんなことはとうに見通していました。 仏典に説く国防大蔵経典には「防衛」という語が111か所も出てきます。・例えば大般涅槃…
NHKラジオ宗教の時間で樹木医の塚本こなみさんは木の声がきこえるといい、不登校の子供にも植物に触れさせることですばらしい効果を発揮しているといいます。 1月24日日曜 午前8時30分~ 午前9時00分 選「もの言わぬ木に耳をすませて」 「女性として初めて樹…
トランプの大統領になり日本やヨーロッパ諸国などの人類の歴史に責任を持つ自由主義陣営は戦々恐々としている。 しかしおろおろしているばかりでは、ロシア・中国・北朝鮮などのならず者国家の思う壺である。 ここはトランプの就任を逆にチャンスと捕らえて…
覚った眼から見れば『運勢』などということを問題にするのはそもそも自他の区別に憑りつかれ『我』に憑りつかれている、迷いの真っ只中にいる愚者のいうことですが、「浜までは海女も蓑着る時雨かな」という句もあります。いくら自他平等といってみても、「…
北一輝の日本改造法案大綱緒言
金剛仏子叡尊感身学正記「寛元四年丙午1246四十六歳二月二十六日太子廟において五百二人に菩薩戒を授く。」
1、今日は二二六事件から87年目です。小泉時代からの「拝金主義」「弱肉強食のための売国規制緩和」「市場原理至上主義」の跋扈の後遺症による重い閉塞感の漂って居る最中に前世紀の帝国主義の復活と核威嚇という地獄の蓋を開けたプーチンのウクライナ侵略…
今日は良忍上人忌です。大阪市平野区にある融通念仏宗総本山大念佛寺では「元祖聖應大師(良忍)御忌法要」が営まれます。大念仏寺のホームページには「2月26日 元祖聖應大師御忌法要 」とあります。 良忍上人(聖應大師)は延久5年1月1日(1073年2月10日)生…
今日寛元二年1244、2月25日は忍性菩薩が興正菩薩叡尊を屏風里に請じ亡母の13回忌を修した日です。金剛仏子叡尊感身学正記に「寛元二年甲辰四四歳、(二月二四日の)翌日忍性亡母十三年の追善の為、結崎屏風(奈良県磯城郡)に移住す。心地観経報恩品…
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今日は大般若会が年四回とされた日です。現在は大般若会はお正月に修せられるのが恒例となっていますが昔は四回という時期もあったのです。三代実録・貞観元年860二月二十五日の条に「二十五日辛亥六十四僧を請じて東宮に於いて大般若経を転読す。今日を起首…
「日本三大實録(貞観元年859二月二十五日の条)「六十四僧を請ひ東宮に於いて大般若経を転読す。今日を起首とし三日を限り訖。凡そ貞観の代、季毎に四季大般若を転読。皆此に効ふ。」 参考1,「公事根源」には「季の御読経 二月八月大般若経を百敷にて講…
寶篋印陁羅尼と光明真言が亡者の廻向には最適とのこと沙石集・弥勒行者事に、浄土宗の竹谷ノ乗願房という人が御所の御下問にこたえて、「亡魂の菩提には、寶篋印陁羅尼(注3)と光明真言が一番」と答えさらに「十悪五逆の罪人で地獄に落ちて助かる道のない…
今日は天台十三世座主尊意が兜率に登った日。 「往生兜率密記」「釈尊意、姓は丹生氏、平安城の人也。元慶三年台山に上る。十七にして落髪す。二十二にして坐す円珍を禮して戒を受け、一紀の間に台教を究む。又両部密法を増全に蘇悉地を干玄昭に享く。凡そ三…
貞応3年(1224、 元仁元年)2月23日は叡尊が初めて高野山に登られた日です。「金剛仏子叡尊感身学生記」によると「元仁一年、二四歳、正月三日舎兄命終。重恩去りがたし。報恩思い深し。故に中陰の間逗留。二月二二日箕田里を出る。次の日高野山に著く。…
日本紀略 / 延長八年(930)二月廿四日条 「廿四日 詔して天下大赦す。 去年の風水之災、・今春の疫癘之患に依る也」 天皇は醍醐天皇。 延喜23年923閏4月11日、干ばつと疫疾により延喜から延長へ改元したばかりでしたがなお疫病・自然災害が続発していた…
史料綜覧 巻五 / 文永十年(1273)二月廿四日条 「廿四日 五壇法ヲ禁中ニ修シテ 彗星ヲ禳フ」 天皇は後宇多。鎌倉将軍は惟康親王、執権は時宗。文永十一年に文永の役がおこります。彗星の出現はやはり不吉でした。