福聚講のブログ fukujukoublog

福聚講の福聚は観音経の福聚海無量よりつけました。平成20年から活動しています。

福聚講

2023-10-01から1ヶ月間の記事一覧

秩父三十四所観音霊験圓通傳 秩父沙門圓宗編・・31/34

第三十一番 わしのいはや鷲窟山観音院。御堂三間四面南向。 本尊聖觀音 座像御長一尺八寸(55cm) 行基菩薩御作 此本尊は行基菩薩當郡の霊地數ヶ處を開闢ましませし時、此地も等く本尊を彫刻し給ひ堂塔建立し給ふ。 後佛法流布の霊地成しを、承平五年相馬の…

自誓受戒記(叡尊)

自誓受戒記(叡尊) 1,はじめに・・・叡尊は鎌倉時代中期真言律宗(四分律・梵網戒を併せて修する)開祖。字は思円。謚号は興正菩薩。この興正菩薩叡尊が覚盛・圓晴・有厳と共に東大寺に於いて自誓受戒したのが嘉禎元年1236叡尊菩薩36歳の時。 ・『…

華厳経から・・我まさに代わりて無量の苦を受くるも・・・

華厳経巻第十五金剛憧菩薩品第二十一の一「菩薩魔訶薩はまたこの念を作さく、『一切の衆生は無量なる諸の不善業を造作す、是の業によるがゆえに無量の苦を受け、如来を見奉らず、正法を聞かず、浄僧を識らず。この諸々の衆生には具に無量の大悪業ありて、ま…

秩父三十四所観音霊験圓通傳 秩父沙門圓宗編・・30/34

第三十番 ふかたに瑞龍山寶雲寺。御堂五間四面南向。 本尊如意輪觀音 座像御長一尺二寸(36cm) 唐佛 當山深谷は如意輪有縁の霊場、徃古より三十四所の霊地の中に、三十番と定て巡禮の輩拜し奉る處の梵刹也。然れども本尊はいまだ何れと定奉りし事もなかりし…

今日は一粒万倍日

今日は一粒万倍日

今日は大師が高雄山寺に還住された日

今日は大師が高雄山寺に還住された日 弘仁三年812 十月二十九日大師は乙訓寺から高雄山寺に還住されています。(東寺長者次第) このあとすぐ十一月十五日に高雄山寺で金剛界結縁灌頂を開壇され伝教大師・和気清麻呂等が入壇しています。(灌頂暦名)

今日は興正菩薩叡尊が詔を奉じて天王寺金堂に於いて百座仁王会を修せられ蒙古を撃退された日です

・文永十一年十月二十九日は興正菩薩叡尊が詔を奉じて天王寺金堂に於いて百座仁王会を修せられた日です。「西大寺勅諡興正菩薩行實年譜」によると「文永十一年1274菩薩七十四歳。・・・十月五日蒙古賊船四百五十艘兵三万人、襲来りて既に壱岐対馬に到す…

秩父三十四所観音霊験圓通傳 秩父沙門圓宗編・・29/34

秩父三十四所観音霊験圓通傳 巻第五 第二十九番 笹の戸 見目山長泉院。御堂三間四面東向。 本尊聖觀音 立像御長三尺二寸(121㎝) 慈恵大師御作 當山笹の戸本尊の來由を尋奉るに、人王四十四代元正天皇(8世紀)の御宇、此山の麓の深淵より龍女出現して、 …

今日29日は智証大師忌です

29日は智証大師忌です 智証大師円珍は、弘法大師の姪として弘仁5年3月15日(814年4月8日)にお生まれになりましたが、比叡山延暦寺に登り、 十二年籠山中の承和五年(838)冬、黄不動尊を感得され、それが日本三大不動の一つとして有名な秘仏・金色不動明王…

「太平記」正成天王寺未来記披見の事

「太平記」正成天王寺未来記披見の事 元弘二年八月三日、楠木兵衛正成住吉に参詣し、神馬三疋献之。翌日天王寺に詣でて白鞍置いたる馬、白輻輪の太刀、鎧一両副(そへ)て引き進(まゐら)す。これは大般若経転読の御布施なり。啓白事終て、宿老の寺僧巻数を…

聖徳太子「日本國未来記」

聖徳太子日本國未来記 太子厩戸奉勘之 大日本國末世の勘計也。自今已後、六百年の時節を過ぎて、両主位を諍ひ二臣世を論(あらそは)ん。黒鼠朝食を噉ひしかば、黄龍金殿に登らん。兄王西海に沉(しずみ)しかば、武士禁裏を汚さん。寶劒を失し而して兵乱を…

信解円通

涅槃經「信ありて解なきは無明を増長す。解ありて信なきは邪見を増長す。信解円通してまさに行の本となる(信仰一辺倒で智慧のないときは無明となり、智慧ばかりで信仰の無い者は邪見となる)(大般涅槃經 「信心無有智慧是人則能増長無明若有智慧無有信心是人…

秩父三十四所観音霊験圓通傳 秩父沙門圓宗編・・28/34

第二十八番 はしだて石龍山橋立寺 。御堂三間四面南向。 本尊馬頭觀音 座像御長一尺三寸(約49cm) 弘法大師御作 當山の本尊馬頭觀世音は、弘法大師此郡中に兼て霊場たるべき處を見そなはし給ひ、其地の縁に従ひて 本尊を彫刻し給ふ時、當山にては此山に年久…

秩父三十四所観音霊験圓通傳 秩父沙門圓宗編・・27/34

第二十七番 再上かげもり龍河山大淵寺。御堂三間四面南向)。 本尊聖觀音 御長一尺(30㎝)後光佛に三十三體之觀音の尊像有 弘法大師御作 伏惟、當山の來由は、昔此里に寶明と號せし隠者ありき。其生處何の地と云事をあかさず、破笠爛筇、 東に走西に到り南…

今日は新羅人26人が天皇の徳を慕って漂着した日

日本後紀 / 弘仁五年(814)十月庚午(二十七日)条「庚午 大宰府言さく、『 新羅人辛波古知等二十六人、筑前国博多津に漂著す。 其の来る由を問ふに 遠く化を風して投ず』と」(大宰府が、「新羅人辛波古知等二十六人が、筑前国博多津に漂着しました。来…

今日は一粒万倍日

今日は一粒万倍日

今日は伝教大師が乙訓寺に弘法大師をお尋ねになった日

以下の伝教大師から弟子の泰範にあてた手紙にあります。 弘仁三年812 十月二十七日に伝教大師が奈良よりの帰りに乙訓寺に大師をお尋ねになったことが分かります。交流は細やかであったということです。 「比叡山老僧㝡澄敬白 應に灌頂を受法する事 右㝡澄去…

今日は花山法皇御生誕の日です。

今日は花山法皇御生誕の日です。花山院は968年11月29日(安和元年10月26日) に御生誕になっています。冷泉天皇の第一皇子。母は、摂政太政大臣藤原伊尹の娘・女御懐子。三条天皇の異母兄。花山源氏(神祇伯を世襲した伯王家、のち断絶)の祖。17歳で即位19…

今日は伝教大師が弘法大師に金剛頂経の借覧を申し入れた日

弘仁三年812十月二十六日伝教大師は弘法大師に金剛頂経の借覧を申し入れています。(例の理趣釈経借覧事件がおこるのは翌年十一月です。) 「弟子 㝡澄和南 奉請本経の事 金剛頂真実大教王経一部三巻 右本経の奉請を為すこと件の如し。来年四月以前に寫し畢…

秩父三十四所観音霊験圓通傳 秩父沙門圓宗編・・26/34

第二十六番 下かげもり 萬松山圓融寺。御堂三間四面南向。 本尊聖觀音 立像御長五寸七分(17㎝) 恵心僧都御作 抑當山は空を凌ぎ雪を挿む高山林木合抱、秩郡に標たり。其道羊腸枝をよぢ岩根を踏で登る。檜ばらの 奥いと闇きに漏來る月日の影を便り、とくと…

Q, 魔障が起こった時の対治方法如何?

Q, 魔障が起こった時の対治方法如何?A,修行中も臨終のときも異常現象が何度おこっても心を動かさなければ魔障はそのうち消える。(当方も阿波太龍寺で求聞持を行じた時、深夜本堂の鐸が鳴ったり、廊下に大岩が落ちる大音声が聞こえたり、見たこともない大蛇…

秩父三十四所観音霊験圓通傳 秩父沙門圓宗編・・25/34

第二十五番 久那 岩谷山久昌寺。御堂三間四面東向。 本尊聖觀音 立像御長一尺四寸(42㎝) 行基菩薩御作 今は昔、此久那の巌洞に鬼こもれりとて、あかねさす晝さへ木樵艸刈も行通はず、鳥羽玉の夜は麓の里 も戸を閉て、芦垣の間近き隣にだに音信も無く、恐…

秩父三十四所観音霊験圓通傳 秩父沙門圓宗編・・24/34

第二十四番 しらきやま光智山法泉寺。御堂三間四面南向。 本尊聖觀音 立像御長七寸一分(約70㎝) 作者不知 原夫當山は、毘盧遮那の佛勅に依て、加賀の白山を勸請せしとぞ。本尊も彼山より現來し給へり。熟其來由を尋に、越の大徳泰澄常に加賀の白山に詣…

秩父三十四所観音霊験圓通傳 秩父沙門圓宗編・・23/34

第二十三番 をがさか松風山音樂寺。御堂五間四面南向。 本尊聖觀音 立像御長一尺六寸(48㎝) 慈覺大師御作 當山の原始は、天長年中(9世紀)慈覺大師關東所々の霊地を開闢し給ふ折から、此地の不常をみ給まひ、此尊像を彫刻し給ひ、路を開きて堂宇を建さ…

秩父三十四所観音霊験圓通傳 秩父沙門圓宗編・・23/34

第二十三番 をがさか松風山音樂寺。御堂五間四面南向。 本尊聖觀音 立像御長一尺六寸(48㎝) 慈覺大師御作 當山の原始は、天長年中(9世紀)慈覺大師關東所々の霊地を開闢し給ふ折から、此地の不常をみ給まひ、此尊像を彫刻し給ひ、路を開きて堂宇を建さ…

今日は醍醐天皇が観賢等に諡号勅書と衣を持たせた日

高野春秋に (延喜二十一年十月)「二十三日、天皇、中納言扶閑卿(注1)及び観賢僧都をして檜皮色装束幷に袙蔑子鞋等特大師号諡号の勅書を斎持して往かしむ。」 なおこれに先立つこと七日、観賢が大師号を求めることを乞ています。「高野大師御廣傳」には…

今日は道長が高野山に参拝して理趣経等を納経した日

「高野春秋」「(治安三年1023)「冬十月二十二日、御堂殿下登御。是れ所謂咸夢已来、拝殿及び御廟橋造替、幷に今般真金法華経手寫墨書理趣経丗巻を納め,之を供養して往生覩史の直因と為んと欲する也。御法事法華八講、導師は三井寺心譽僧正、翌日理趣三昧…

秩父三十四所観音霊験圓通傳 秩父沙門圓宗編・・22/34

秩父三十四観音霊験記圓通傳 巻第四 第二十二番 西陽山榮福寺。御堂五間四面南向。 本尊聖觀音 立像御長一尺九寸(58㎝) 弘法大師御作 當山は人皇五十三代淳和天皇の西の院と申奉る御弟、三品式部郷伊豫親王事に坐せられ、河原寺に出て餓死給ひし御菩提…

祈ることそれ自体がもはや結果

祈ることそれ自体がもはや結果 古来祈願は叶えないケースが多いことは確かです。いつの世も人々は祈りに懐疑的になります。しかし結論は「祈り続けさえすれば確かに霊験はある」「祈ること即結果である」と云う事です。 四国61番香園寺中興の祖・山岡瑞円師…

善行できるのも先祖の導きあってのこと

最近色々な人のケースを見ていると道のごみ一つを拾うことができるのも、電車で妊婦さんに席を譲ることができるのもましてやボランチア活動ができるのも先祖の遺徳・導きでできるだということに気が付きました。先祖、父母が善行をしている家庭ではそれが子…