福聚講のブログ fukujukoublog

福聚講の福聚は観音経の福聚海無量よりつけました。平成20年から活動しています。

福聚講

2017-10-01から1ヶ月間の記事一覧

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・その31(最終回)

(世界を救うものは、大悲と大智である)事事無礙の応用といふべきものを申し上げて結論とします。人間の集団生活はまた法界の相を呈しております。集団の構成単位は個多の事事に相応するものです。この中の一個事に何らかの変化が生ずればそれは必ず余他の…

臨終の看取り方

良忠上人(鎌倉時代、浄土宗第三祖)著『看病用心鈔』 より(NHK心の時間の記録より) 『看病用心鈔』「序」 往生浄土への導き手である善知識(僧侶)と病人を看護する人に申します。極楽浄土へ往生することは人生の一大事です(死ぬことは人生最後の大仕事…

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・その30

日本の仏教では禅は大智の面、浄土教は大悲の面を代表するといってよからうと思います。浄土系信者の一類型と見るべきものに,讃岐の庄松がある。或る時庄松は近村の男とお寺へ参詣したとき、庄松は本堂へ這入ると直ぐ、本尊阿弥陀様の前で横に寝てしまった…

お大師様のお言葉に見る「霊験」の根拠・・その29

即身成仏義 わずかに曼荼羅を見れば、能く須ゆの頃に浄信す。 歓喜の心を以て瞻都せんとするが故に、 即ち阿頼耶識あらやしきの中に於いて金剛界の種子を種う、と。 <この文は、初めて曼荼羅海会の諸尊を見て得る所の益を明かす。> 具に灌頂受識の金剛名号…

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・その29

衆生を苦しみから救うことが兎に角当面の大問題です。ここに菩薩道があるのです。地蔵菩薩は六道を輪廻して衆生済度をやるのです。・・しかしここにまた記憶すべき一事は、菩薩の大悲心なるものは絶対で無限で無目的的であるが、それはただ抽象的に概念的に…

勢至菩薩の功徳

勢至菩薩は13佛の一周忌を司る仏さまでご真言は「おんさんざんさくそわか」で、また午年の守護佛ともされています。しかし意外とその功徳は知られていません。 ・密教大辞典には「勢至菩薩」として「・・観音と共に阿弥陀仏の脇侍とするのは観無量寿経に『智…

印融法印と中世横浜

明日10月30日、緑公会堂で公開講座「印融法印と中世横浜」(横浜市内の30の寺院から構成される「印融法印五百回忌実行委員会」主催)が開催されます。講師は横浜市歴史博物館の遠藤廣昭氏と歴史研究家の相沢雅雄氏ということです。参加無料・申込不要(当日…

お大師様のお言葉に見る「霊験」の根拠・・その28

即身成仏義 (『五秘密儀軌』の成仏法について) また云く、 「もし毘盧遮那仏自受用身所説の 内証自覚聖智の法、 及び大普賢金剛薩埵の他受用身の智に依らば、 則ち現生において曼荼羅阿闍梨に遇逢い 曼荼羅に入ることを得。 為く、羯磨を具足し、普賢三摩…

佛教の大意(鈴木大切、昭和天皇御進講より)・・その28

日本の仏教には弥陀の他に観音・地蔵・薬師などの菩薩様がありますが、この中で最も民衆的なのは観音様です。しかし何れも大悲心の権化であることは変わりませぬ。観音様は三十三の変化身で人間の前に現れてくるとされていますが、しかし人間のあこがれは三…

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・その27

阿弥陀の側では四十八願(または無量劫にわたる無量数の誓願)、衆生の側では不断の念仏(お祈り)と懺悔・・宗教の本質は之に尽きているのです。何れも華厳の法界を成立させてゐる大悲心の発露にすぎませぬ。 弥陀の方はともかくとして、吾等衆生の方では心…

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・・その26

阿弥陀様が正覚を取られたというのは、霊性的直観でとらえなければ分らない。歴史的事実として捉えて自堕落に流れる言い訳にしてはならない。

福聚講・今日の言葉

多くの人の臨終を見てきましたが、心から安らかな死を迎える人はまれです。皆、不安な表情で死を迎えます。笑顔で死んでいく人はほとんどいません。これは生前全く死に対する深い心構えが出来ていない為でしょう。 「精勤して心を習ふものは終わる時も悔恨な…

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・・その25

菩薩の行動は(衆生無辺誓願度という尽きることのない目的に向かっていくので)無目的的であるといってよい。此の点では自然界における他の存在と等しい、動物的または植物的だともいえる。なるほど今庭に飛んできた一羽の小鳥-- 人間的分別識の眼から見る…

今日25日は一粒万倍日です

今日25日は一粒万倍日です。光森山天満宮例大祭、日光男体山閉山祭、天神の森天満宮例大祭、唐津山神社例大祭があります。

アジャ・リンポチェ師が11月3日護国寺講演

ダライラマ側近のモンゴル人チベット仏教高僧、アジャ・リンポチェ師が11月3日(金・祝日,無料) 護国寺で講演会を行います。 又4(土)・5(日)日と同護国寺で https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&cad=rja&uact=8&ved=0a…

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・その24

事事無礙法界(現実の事象がすべて相互にいりくんでいること)は為人度生(人を救う)の場所で、大悲の働きを見なくてはならぬのです。(これを)自利利他とも自覚覚他とも衆生無辺誓願度とも云ふことがあって、佛教にはこれを菩薩道と申します。弥陀の誓願…

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・その23

知的分別や道徳的当為の世界にだけ生きてゐてはどうしても宗教的・霊性的無分別の直覚地の機微は分りません。それはなぜかといふに道徳や知性からは霊性的なものは出てきません。そこにはいつも対象的なものがあるので、自由がきかない、さうして霊性的直覚…

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・その22

二元的対立の世界にゐて、分別的論理の圏外に出ることが出来ぬと、大悲の事事無礙法界(すべての個別現象が無限に溶け合っている)に透徹することができぬ。これができぬと苦悩の世界は日夜に我を逼迫してくるのです。・・今日の科学も此の大悲を欠くと必ず…

昨日の定例会模様

昨日の定例会模様 昨日は台風上陸前で凪状態とでもいう小雨でした。お参りにはそれほど差しさわりとはならない程度で有難い事でした。 4時から東京別院の万灯会参拝という予定でしたので繰り上げて2時からのお参りとしました。私はいつものように1時間まえに…

目黒不動尊ご開帳は明日からです

酉年の目黒不動尊ご開帳は明日10/22から10/29ということです

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・・その21

大悲心の話に戻りますと、華厳の法界を動かしているのはこれ(大悲心)に外ならないので、仏教者はこれに人格的相好を與へて具体化するのが常であります。阿弥陀如来といふのは此の如き人格化の一つです。人格化といふと何となく幻影のやうに思はれますが、…

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・その20

霊性的直観の本質

明日10月21日定例会時間繰り上げ

明日10月21日は御大師様の日で定例会ですが時間繰り上げ 14時から護国寺で定例会とし、 16時から高野山東京別院に移り添田宗務総長のご法話「大師はいまだおわしますか」を拝聴したく思います。

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・・その19

唐時代に,賢首大師の号を賜はった法蔵といふ仏教者がいた。此の人は漢民族が生んだ最も優秀な思想家のひとりである。此の人によりて華厳哲学が完成され,印度から伝はってきた仏教思想は発展の頂点に達したのである。則天武后のために、金獅子の喩で、華厳…

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・・その18

華厳の中心思想は法界を動態的に覷補することです。此れを表現する方式に二つあります。一つは一を一切に対して見るもの、今一つは一切を一に対させるのです。前者の形式は次の如くです。㈠ 一、一切に摂し、一、一切に入る。㈡ 一切、一に摂し、一切、一に…

逝者は烋楽し、留とどまる人は苦しむ

以前 http://blog.goo.ne.jp/fukujukai/e/31b89f9821a14c93463c5afe125d2d06 ">「死者は生者を助けようとしている」との記事を載せ、私の経験から死者は残されたものを大変慮っているという実例をあげました。今日改めて御大師様の性霊集に同じことが書かれ…

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・その17

(華厳では「理」「事」というが「理」は「個別・表面にあらわれたもの・色即是空の色」。「理」は「ものごとの奥に在る原理・色即是空の空」をあらわす。 )華厳思想を了解するに、いくらかの基礎用語と云ふべきものを知らなくてはならぬ。一は「事」、今一…

今日17日から20日までは靖国神社秋季例大祭です。

今日17日から20日までは靖国神社秋季例大祭です。 祭儀日程は以下の様です。 清祓 10月17日 午後 3時 当日祭 10月18日 午前10時 (勅使参向・午前10時30分) 第二日祭 10月19日 午前10時 第三日祭 10月20日 午前10時 直会 午後 6時

大師のお言葉に見る『霊験』の根拠・・その16

即身成仏義 「またいわく、「もし衆生あってこの教えに遇うて昼夜四時に精進して修すれば現世に歓喜地を證得し、後の十六生に正覚を成ず」いわくこの教えとは法佛の自内証の三摩地を指す。歓喜地とは・・これすなわち自家佛乗の初地なり。具に説くこと『地位…

佛教の大意(鈴木大拙、昭和天皇御進講より)・・その16

第二講、大悲佛教といふ大建築を載せている二つの大支柱がある、一を般若又は大智と云ひ、今一を大悲又は大慈と云ひます。智は悲から出るし、悲は智から出ます。元来は一つものでありますが、分別智の上で話するとき二つのものであるやうに分かれるのです。…