2013-01-01から1年間の記事一覧
「大日経疏に『ただ一事の真実にして空しからざるものがある、それはすなわち我である。その我とはすなわち法界である。』というのも縁起の法の展開にほかならない。さらば弘法大師はこれを徹底的に考察し、これを時間的に言っても空間的に言っても、因には…
(法文歌二百二十首) 仏歌二十四首 釈迦の正覚なることは、この度初めと思ひしに、五百塵点劫よりも、彼方に仏と見え給ふ。 (仏歌二十四首) 釈迦牟尼仏は薩埵王子、弥勒文殊は一二の子、浄飯王は最初の王、摩耶はむかしの夫人なり。 (仏歌二十四首) 釈迦の御…
カール・ヤスパースは『歴史の起原と目標』で紀元前500年頃を中心とする前後300年の幅をもつ時代を「枢軸時代」と称して、 「この時代には、驚くべき事件が集中的に起こった。シナでは孔子と老子が生まれ、シナ哲学のあらゆる方向が発生し、墨子や荘子や列子…
良寛和尚は、疫病で多くの子供たちが亡くなったとき、すべての子供達の安らかな極楽往生を願って、歌をつくりました。 「有縁無縁の童に迴向すとて、誘引。 知る知らぬ 誘(いざな)ひ給へ 御仏の 法(のり)の蓮(はちす)の花の台(うてな)に」
「神は大楽観者であると同時に、大悲観者である。 凡俗は小なる悲観者であり、また小なる楽観者である」(出口王仁三郎) 凡俗は自分の回りのことしか考えが及ばず、考えが矮小であるということでしょう。
還暦を過ぎて多くの「生死」を見てきました。「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」とはゴーギャンの言葉ですが自分にとっても痛切に感じられることばです。多くの人からも質問を受けます。仏教用語では「父母未生以前…
「掌の中の無限」(マチウ・リカール(分子生物学者にしてチベット仏教僧侶)とチン・スアン・トアン(ヴァージニア大教授(天体物理学)共著)のなかから共感するところを抜書きしていきます。・・仏教という観想科学も自然科学と同じように仮説、実験、検証…
Q,他人のちょっとした言葉で心がみだれ以前の鬱状態に戻りそうです。 A,心の「癖」は着物についた皺のようになかなか取れないものですが、何度もアイロンをかければ着物の皺もとれるように何度もなおしていけばいいのです。 お参りしてもすぐに治るとは限り…
(慈雲)尊者の墨跡に就いて・・松坂旭信(字は帰庵。1891-1959 。岡山市真言宗法界院住職。真言宗大僧正。書画,短歌,陶芸にすぐれ、慈雲尊者の研究でも知られる。温和で書に秀でた為「今良寛」と称された。私も「観自在」の書を所有。) 「1、慈雲尊者は…
「掌の中の無限」(マチウ・リカール(分子生物学者にしてチベット仏教僧侶)とチン・スアン・トアン(ヴァージニア大教授(天体物理学)共著)のなかから共感するところを抜書きしていきます。・・オーストリアの天才数学者クルト・ゲーデルは「論理には限界…
宇宙は便ち吾が心、吾が心は即ち是れ宇宙。 東海に聖人出あるも、この心同じくこの理同じきなり。 南海北海に聖人出ずるあるも此の心同じきなり。この理同じきなり。 千百世の上より千百世の下に至るまで聖人出るあるも此の心、この理またおなじからざるなき…
「掌の中の無限」(マチウ・リカール(分子生物学者にしてチベット仏教僧侶)とチン・スアン・トアン(ヴァージニア大教授(天体物理学)共著)のなかから共感するところを抜書きしていきます。 ピタゴラスは『数は物理の原理であり、根源である』というが仏教…
「死」についての仏教大辞典の解説です。
「掌の中の無限」(マチウ・リカール(分子生物学者にしてチベット仏教僧侶)とチン・スアン・トアン(ヴァージニア大教授(天体物理学)共著)のなかから共感するところを抜書きしていきます。・・愛や忍耐心が肯定的な精神状態であるのは定義上とか神の定め…
「覚日なる者は本より常なり。 妄時なる者は代謝(こもごも)す。」 『性霊集巻第三、 中寿感興の詩』 序文より
Q,凡夫が印をむすんでも功徳が生じるのですか?
いのちとは (内山興正禅師)
「致知」こちらにある、酒井大学という禅僧の文の要約です。 酒井師は高校で教師をされているようですがその生徒に義手の女子生徒がいました。 「三年生の時の運動会で、彼女は皆と一緒にダンスに出場していました。 一㍍ほどの青い布を左右の手に巧みに持ち…
お蔭をなかなかいただけないのは
坂東三十三ヶ所札所15番長谷寺16番水澤寺巡礼の記録 高崎駅に9時10分に集合して9時30分発のバスに30分揺られ、ドドメキというバス停から歩くこと30分。遠く関東平野を望む榛名山麓の丘陵地帯に長谷寺はありました。境内は開放的な雰囲気で山里の古寺といっ…
「仏様の好いように」 「今回、大変大きなお蔭が出ましたので、皆様にお礼と報告をさせていただきたいとおもいます。 長年皆様に応援していただいた、私の家族の事がやっと解決しました。「おかげ」のことは、前に内容は報告させていただいたので私が本当に…
恵果阿闍梨は746年 生まれ、 永貞元年12月15日(806年1月12日)に60歳で入滅されています。 真言付法第七祖です。 四国遍路では四国36番青龍寺の恵果阿闍梨の廟で有難いことがあったあことを記録しておきます。 青龍寺は120段の石段をあがると正面が本…
12月14日定例会と忘年会の記録 平成25年最後の護国寺定例会となりました。いよいよ冬到来で昨日から冷え込みが強くなりましたが、16名の出席がありました。 護国寺では、先週の慈善茶会をピークに今年最後のお茶会シーズンを迎え、当日も大口樵翁記…
「昨日12日の、講元様の、ブログと 「興教大師覚鑁上人ご入滅」の二つは、私にとって、大変刺激に なりました。物語、確かに、人の、人生の生き方そのものが、日々 物語の連続です。ただ、馬齢を重ねるだけか、遊戯笑語し,諂誑 詐偽して、むなしく日を過ご…
「同じ仕事をしていても、つまらないつまらない、と思いながらやったらつまらない時間を過ごしたことになる。人の幸せを祈りながらやったら幸せを祈る時間を過ごしたことになる。一時間を生きるということは一時間のいのちを生きるということです。」(ノー…
古今東西物語を失った民族・国家は滅びます。あらゆる詩組織・家族・個人もそうだと思います。古来日本では大切な物語を語り継ぐために、「絵巻」が作られてきました。寺社縁起絵巻、合戦絵巻、聖絵などです。『古事記』も日本民族の物語です。最近でも中国…
無着時代におよびて、自性、受用、変化の三身説を生じ、仏の変化身は八相を示現して穢土に居し、受用身は十八円浄の蓮華蔵世界に住すとなし、仏の報化に従って土に浄穢の別ありとなすにいたり、 ついで佛地経論第一には受用身に自受用、他受用の二を分かち、…
先日、満州で家族が自決して孤児となった女性が現地の人に育てられ、大学まで出してもらい教師となって一生を送り今では子や孫に囲まれて幸せに過ごしているという番組がありました。 その人は家族が自決したのち、さ迷っているときにたまたま通りかかったお…
浄土は諸仏菩薩の因位の発願によりて各自に之を建立し、その位置は西方等の他世界にありとせらるるものなりといえども、維摩経巻上佛國品には「そのこころ清きにしたがって則ち國土浄し」といひ、衆生はその心不浄なるがゆえにこの土を穢悪不浄となすも、佛…
お釈迦様は生老病死の人生苦を見てその解決を目指されて当時修行者の集まる王舎城近辺へと旅立たれました。①、そしてそこでアーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマップタの二人の仙人の下で修業されましたがその境地に満足されずにそこを去られています。…