2012-05-01から1ヶ月間の記事一覧
賽の河原地蔵和讃 「帰命頂礼地蔵尊 無仏世界の能化なり これはこの世のことならず 死出の山路の裾野なる さいの河原の物語 聞くにつけても哀れなり この世に生まれし甲斐もなく 親に先立つありさまは 諸事の哀れをとどめたり 二つや三つや四つ五つ 十にも足…
福聚講・護国寺定例参拝会第5回会合が、5月19日(土)午後2時から、同寺本堂で行われました。この日は、雲ひとつない青空が広がり、境内の木々の若緑の若葉が、さわやかにそよいでいました。前日の、晴れ間があったり、時には、雨模様で、しぐれたり、気…
第16回・福聚講関東36不動霊場巡り(2012-5-13晴れ) <第30番札所・王山不動院總願寺(不動ヶ岡不動尊)>埼玉県加須市不動岡2-9-18 <第31番札所・光岩山釈迦院彌勒密寺(岩槻大師・尊喜多向き不動尊)>埼玉県さいたま市岩槻区本町2-7-35
田を耕すバーラドブァージャ -------------------------------------------------------------------------------- わたしが聞いたところによると、──あるとき尊き師(ブッダ)はマガダ国の南山にある「一つの茅」というバラモン村におられた。そのとき田を耕…
Q,螺髪はあらゆる仏様についているのですか?
「南無」はよく仏教書では「帰依する」という意味だと書かれています。ウィキペヂアでも「南無(ナム)とは、サンスクリット語のナマス(namas)およびナモー(namo)の音写。意訳すると、帰命、帰依という意味、つまり命を捧げる、それほど大事に敬うという…
第十七 忿怒の部 二二一 忿を棄てよ、慢を離れよ、一切の結を越えよ、精神と物質とに著せざる無所有の人に諸苦隨ふことなし。(結―人を結縛するもの即ち煩惱。) 二二二 若し人己に發せる忿を制すること奔車を(止むるが)如くなれば、彼を我は御者と言ふ、…
第十五 安樂の部 一九七 怨の中に處て慍らず、極めて樂しく生を過さん、怨ある人の中に處て怨なく住せん。 一九八 痛の中に處て痛まず、極めて樂しく生を過さん、痛める人の中に處て痛なく住せん。 一九九 貪の中に處て貪らず、極めて樂しく生を過さん、貪る…
今朝の瞑想で・・・
衆生、佛を念ずれば、佛も 衆生を念じ給う。・・・
第十一 老耄の部 一四六 何を笑ひ何ぞ喜ばん、(世は)常に熾然たり、汝等黒闇に擁蔽さる、奚ぞ燈明を求めざる。(熾然―世の一切萬物悉く無常にして滅壞するを火の熾んに燃ゆるに譬へたるなり。) 一四七 見よ、雜色の影像は積集せる瘡痍の體なり、痛み、欲…
『太子樹下禅那之図』
日本民芸館ホームページhttp://www.mingeikan.or.jp/にあるお孫さんの石井頼子氏 (棟方板画美術館学芸員)が2007年に語った「東北経鬼門譜」の解説です。日本民芸館では6月10日まで棟方志功展が開催中です。 「・・棟方の作品には、故郷青森(津軽)…
Q,観音様の縁日が18日、お不動様の縁日が28日など、諸仏の縁日がいわれますがこれはどこに典拠があるのですか?
・・・重重帝網名即身者。是則擧譬喩以明諸尊 刹塵三密圓融無礙。帝網とは因陀羅珠網なり。 謂く身とは我身・佛身・衆生身、是を身と名ずく。 又四種身あり。言く、自性・受用・變化・等流、是を身と名ずく。 又た三種有り、字・印・形、是れなり。 是のごと…
人間としていちばん尊いものは徳である。だから、徳を高めなくてはいかん、と。しかし、技術は教えることができるし、習うこともできる。けれども、徳は教えることも習うこともできない。自分で悟るしかない。 (松下幸之助)
仏教大辞典の「光明真言」の記述です
第5回護国寺定期参拝会は5月19日(土)14時~です。
第九 惡行の部 一一六 善に急げ、惡に對して心を護れ、福を造りて怠り鈍れば、意は惡行を欣こぶ。 一一七 人若し惡を作すも此を再三する勿れ、惡を樂ふ勿れ、惡の積集は苦なり。 一一八 人若し福を作せば此を再三すべし、福を樂へ、福の積集は樂なり。 一一…
「重重帝網なるを即身と名づく」即身成仏義偈解説の最終です。
第八 千の部 一〇〇 無益の句より成る一千言よりも、聞きて安穩を得る一の益ある句を勝れたりとす。 一〇一 無益の句より成る一千偈よりも、聞きて安穩を得る一の偈文を優れたりとす。 一〇二 無益の句より成る百偈を誦むも、聞きて安穩を得る一法句を(誦む…
天台慈円僧正、高野山奥の院にて
抜苦与楽の本は衆生の心病の源を防ぐにしかず
第七 阿羅漢の部 九〇 經べき途を已に過ぎ、憂を除き、一切に於て解脱し、一切の縛を斷てる人には苦惱あることなし。(經べき道―有爲の輪廻を指す。) 九一 彼等は精勤し、熟慮して住宅を喜ばず、鵝の小池を棄つるが如く、彼等はあらゆる住處を棄つ。(住宅―…
「三密加持すれば速疾に顯わる」即身成仏義
毘沙門様は福が有り余っていて「毎日三時にこの福を焼く」とおっしゃっています
第六 賢哲の部 七六 伏藏を告ぐる人の如く、(人に)避くべきことを示し、訓誡する聰慧者に遭ふときは此の賢人に侶となれ、斯かる人を侶とするときは勝利ありて罪過なし。(伏藏―寶の埋沒してある處。) 七七 教授せよ教誡せよ、不應爲の事を避けよ、彼は善…
「四種曼陀各々離れず」即身成仏義より
病は四大不調と鬼と業とにより起こる
第五 愚闇の部 六〇 寢ねざる人には夜長く、疲れたる人には路長く、正法を知らざる凡愚には生死長し。 六一 道を行きて、己より勝れたる人又は己に等しき人に逢はずんば寧ろ獨り行きて誤らざれ、愚者の伴侶とすべきなし。 六二 「我が子なり、我が財なり」と…