2023-07-01から1ヶ月間の記事一覧
小学三年生で肩から両腕を失う大事故にあった南正文画伯は大石順教尼に師事し其のおしえ「禍福一如」を生涯のモットーにしていました。 http://minami-sakura.jp/story.html
「他国の言葉にすべて従う国は滅びる」ウクライナ https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwim8sySyLeAAxUYHXAKHRYxBE0QFnoECA4QAQ&url=https%3A%2F%2Fpresident.jp%2Farticles%2F-%2F55436%3Fpage%3D1&u…
坂東三十三所観音霊場記巻之十 沙門亮盛輯 第丗一番上総笠森(現在も第31番は大悲山笠森寺(笠森観音)) 東上萼國埴生郡、大悲山楠光院は傳教大師之開基。朱雀帝の后妃の中興也。箕作が女於茂利也。也。法東院笠森寺と号す。本尊十一面の像は豫章(くす…
史料綜覧 巻五 / 文永元年(1264)七月廿八日条「廿八日 仁王経法ヲ後嵯峨上皇ノ御所ニ修シテ 彗星ヲ禳フ」「廿八日庚子 一院御所<萬里小路殿>に於いて、彗星の為、御所御祈、仁王経法を修せらる。 阿闍梨定親僧正なり。」定親は密教大辞典によれば、「東寺長…
獅子岳快猛師のこと・「知命と立命: 人間学講話・安岡 正篤」 に大要以下のように獅子岳快猛師のことが書かれてありました。「明治初年の頃、高野山に快猛という管長がいたことがあります。このひとは獅子が岳という山の庵で寂莫二十年一日の如く修行してい…
・密教辞典に「獅子岳快猛。文化十年~明治22・7・28。長府藩士森脇氏の出。幼時長府神上寺に出家。12歳高野山成福院衆坊に入り、龍光院で修学練行すること30年。42歳で西禅院に住し引摂院・等持院を兼務、無量寿院主にのぼる。明治12年金剛峯寺第384世…
今日7月28日は慈雲尊者御生誕の日です。 慈雲尊者は享保3年7月28日(1718年8月24日)高松藩士上月安範の子として大阪中之島高松藩蔵屋敷に 生まれられ、文化元年12月22日(1805年1月22日)87歳で京都阿弥陀寺に入滅されています。尊者は江戸時代後期の真言宗…
今日28日は東大寺解除会です
ロシアのウクライナ侵略大虐殺など不条理の起こるたびに司馬遷ならずとも「天道是か非か」といいたくなります。しかし遠藤周作は「沈黙」で、「殉教者が苦しむのを神はなぜ救わないのか」と問う司祭ロドリゴに対し神に「私は沈黙していたのではない。お前た…
今日は原坦山老師遷化の日です。以下「明治の仏教者」等に依ります。原坦山は若くして儒・医を学び後に浅草総泉寺英仙の弟子となり、僧侶として出発。修行を重ね、風外本高の下で悟りを開き、大中京璨の法を嗣ぐ。1872年に教部省から教導職に任命されるが出…
御大師様の「理趣経開題」です。吾々が等しく持つ身と口と意(こころ)は金剛宝のように富貴自在の働きをするということです。最近ある秘法を数年続けていますがこの御大師様のお言葉を證明する出来事が続々と起こっています。詳しくかけないのが残念ですが…
霊験による開眼 有名な「壺阪霊験記」は盲目の沢市が谷に投身するが観音様の霊験で開眼するはなしですが、古来盲人が霊験によって開眼した例は枚挙に暇がありません。とりあえず目についた新旧6例をあげます。 1, 「二つの目盲ひたる女人の、薬師仏の木像…
今日から大山阿夫利神社夏季大祭です 新編相模国風土記稿には大山阿夫利神社の本地は「石尊社。当山の本宮にして山頂にあり 【延喜式神名帳】に載せし、阿部利神社是なり、 祭神鳥石楠船尊、 神躰秘して開扉せず(縁起に載せし往昔彩光を発せし像是なりと云…
「本朝皇胤紹運録」(第九十一代後宇多天皇)「徳治二年(1307)七月二十六日、(仁和寺の禅助を戒師とし、亀山殿の寿量院で)御出家。四十一。御法名金剛性。十一月二十一日東大寺に於いて受戒。」
今日26日は「日光の日」とされます。これは大師がそれまで二荒山とよばれていたのを「にっこう」と呼び改めたとされるからです。『日光山滝尾建立草創日記』には、大師が、弘仁11年(820)7月26日来山し龍生滝(りゅうじょうのたき)に7日間祈念されたのち菩…
今日7月26日は大師が真済等を伴い日光に向かわれた日とされています。之を記念して7月26日は日光の日とされています。 「日光山滝尾建立草創日記」によると、820年(弘仁11年)7月26日、弘法大師が二荒(ふたら)山に来山し、風穴・羅刹窟を結界記念…
今日は一粒万倍日
「国防は最大の福祉」 1,ウクライナの様に国が滅ぼされようとしているときは、福祉もなくなる。 https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwjf7ufH8qqAAxXAb_UHHR9WCScQFnoECBgQAQ&url=https%3A%2F%2Fw…
・養老五年721七月庚午(25日)「庚午、(元正天皇)詔して曰く。凡そ霊図に膺(あた)り、宇内に君臨す。仁、動植に及び、恩、羽毛に蒙れり。故に周孔の風は尤も仁愛を先にし、李釈の教は深く殺生を禁ず。宜しく其の鷹司の鷹・狗、大膳職の鸕鷀(ろじ・鵜)…
今日は加賀尾秀忍がフィリピン・モンテンルパ刑務所の戦犯として捕らえられていた日本軍人153名及び処刑された14骨とともに帰国した日です。加賀尾秀忍は真言宗僧侶、自分と同じ岡山県の出身で大変親近感を覚えます。父親からよく名前を聞かされていました。…
今日は一粒万倍日
何十年も前社会人だったころ、数回地方へ左遷されたことがありました。そのとき知り合いの老人から「人爵よりも天爵」といわれた事があります。左遷先でも道路のごみ掃除や雪掻き、喜捨・巡礼などをして自分なりに陰徳を積んできたつもりでしたが、その後紆…
「行き詰まったら環境を変える」「作品を改良しようとしてもそれが大変な困難を伴いほぼ不可能なことがある。そういう場合は、作品を置く場所、環境をかえてみるとその欠点がむしろいい味を出すことがある。」(チームラボ 猪子代表)
史料綜覧巻七 / 天授二年永和二年(1376)七月十九日条「十九日 幕府 三宝院僧正光済ヲシテ 五壇法ヲ修セシメ 安倍有世ヲシテ 泰山府君祭を修セシメテ 彗星ヲ祈禳ス」・南朝方が長慶天皇、北朝方が後円融天皇。室町幕府は足利義満。・光済は南北朝時代の真言宗…
史料綜覧 巻五 / 文永元年(1264)七月十九日条「十九日 尊勝寺御八講 是日 五大虚空蔵法等ヲ禁中ニ修シテ 彗星ヲ禳フ」御八講とは『法華経』一部八巻を、一日に朝夕各一座(一巻)の二座行い、四日間で全八巻を講説する法会。法華八講ともいう。彗星出現につ…
1、結論華厳経では人生を大海に喩えています。深く無限で底には宝が眠っているというのです。以下華厳経入法界品の当該部分を抜き書きしておきます。これは人生の描写であると思った時、戦慄が走りました。2、華厳経入法界品では善財童子が53人の善知識を…
「一人の人間の過去世に積み上げた遺骨は毘富羅山より多い・・」という趣旨の句が長阿含経、涅槃経にあります。涅槃経の句を簡単に言うと、我々はは色・香・味・觸に惑い、過去世より無数の生死を繰り返して苦悩を受けてきている。その骨は王舎城側の毘富羅…
7月16日は閻魔賽日です。地獄の獄卒も仕事を休み、地獄の釜の蓋もゆるむ日で、地獄に落ちた亡者たちも責苦を逃れて骨休みになるとされました。深川法乗院では 16日 には「ゑんま天大護摩供」がおこなわれるようです。そのほか閻魔堂のあるところでは閻魔詣が…
史料綜覧 巻十三 / 慶長二年(1597)七月十五日条「十五日 小西行長・藤堂高虎・脇坂安治・加藤茂勝<嘉明>・島津義弘等 朝鮮ノ水軍ヲ唐島 <巨済島>ニ破ル」
吾妻鑑・正治二年1200七月已巳(十五日)「金剛寿福寺において新図十六羅漢開眼供養遂げらる。導師當寺長老葉上房律師栄西也。尼御台所御聴聞の為、参堂有云々。」(金剛寿福寺は政子が頼朝供養のため栄西を開基として建立した寺。現在もあり。吾妻鑑・建仁…