ウキペヂア等によれば、善導大師は、唐時代観想念仏が主流だった中、称名念仏を唱えた方です。永隆2年3月14日(681年4月7日)69歳で遷化。終南山麓に、弟子の懷らにより、善導塔と香積寺が建立され高宗皇帝寂後、寺額を賜りて光明と号すようになったとされます。
善導大師は日本の法然・親鸞に大きな影響を与えています。法然上人が専修念仏を唱道したのは、善導大師『観無量寿経疏』の中の、「一心に弥陀の名号を専念して、行住坐臥に、時節の久近を問はず、念々に捨てざる者は、是を正定の業と名づく、彼の仏願に順ずるが故に」という文からとされます。親鸞上人も教行信証でいたるところに善導大師を引用されています。